日帰り越後路・・・・の巻9 菅谷不動尊④
2015年8月16日 諸法山菅谷寺・菅谷不動尊=新潟県新発田市菅谷860
諸法山菅谷(かんこく)寺・菅谷(すがたに)不動尊
本堂です。この本堂は1770年(明和7年)に再建されたものです。
≪護念上人≫は、源頼朝の叔父ですから 鎌倉時代・源実朝の時に七堂
伽藍が整備されました。
しかし、1253年(建長5年) 落雷のために七堂伽藍が焼失してしまいます。
ご本尊の不動明王の≪御頭≫だけは焼失を逃れたのです。
それも、タニシのお蔭で・・・・・・
境内には「みたらせの滝」があります。
火事の時 「みたらせの滝」のタニシたちがご本尊不動明王の御頭を護って
いたというのです。
う~ん・・・・・
≪護念上人≫は、無動寺から不動明王像/全身像を持ってきたのだと思います。
帰依した仏像の頭だけ切り離して持ち歩くことは考え難いです。
1253年の火事の際 ご本尊・不動明王像を救いだし 「みたらせの滝」に避
難させたのですが、首から下は焼け爛れてしまっていたのでしょう。
開山様の不動明王像を燃やしてしまったとは言えませんので 開山様が持っ
てきたのは御頭のみだったという事にしたのではないでしょうか?
(あるいは、この火事で内情を知る僧たちが亡くなってしまったのかもしれま
せん。それで詳しいことが解らなくなった。のかも・・・・)
・・・・・・・なんて想像しちゃいます・・・・・・。
一説によると 「みたらせの滝」には今でも 半身が焦げたタニシがいるそうです。
この伝承は、不動尊の半身を燃やしてしまった事の 後悔の伝承なのだと思います。
ご本尊・不動明王の御頭は、酉年と卯年に御開帳されるそうです。
ゴ-ルデンウィ-クあたりだそうです。再来年(2018年)は、酉年です。
その時は又 来たいものです。
つづく

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諸法山菅谷(かんこく)寺・菅谷(すがたに)不動尊
本堂です。この本堂は1770年(明和7年)に再建されたものです。
≪護念上人≫は、源頼朝の叔父ですから 鎌倉時代・源実朝の時に七堂
伽藍が整備されました。
しかし、1253年(建長5年) 落雷のために七堂伽藍が焼失してしまいます。
ご本尊の不動明王の≪御頭≫だけは焼失を逃れたのです。
それも、タニシのお蔭で・・・・・・
境内には「みたらせの滝」があります。
火事の時 「みたらせの滝」のタニシたちがご本尊不動明王の御頭を護って
いたというのです。
う~ん・・・・・
≪護念上人≫は、無動寺から不動明王像/全身像を持ってきたのだと思います。
帰依した仏像の頭だけ切り離して持ち歩くことは考え難いです。
1253年の火事の際 ご本尊・不動明王像を救いだし 「みたらせの滝」に避
難させたのですが、首から下は焼け爛れてしまっていたのでしょう。
開山様の不動明王像を燃やしてしまったとは言えませんので 開山様が持っ
てきたのは御頭のみだったという事にしたのではないでしょうか?
(あるいは、この火事で内情を知る僧たちが亡くなってしまったのかもしれま
せん。それで詳しいことが解らなくなった。のかも・・・・)
・・・・・・・なんて想像しちゃいます・・・・・・。
一説によると 「みたらせの滝」には今でも 半身が焦げたタニシがいるそうです。
この伝承は、不動尊の半身を燃やしてしまった事の 後悔の伝承なのだと思います。
ご本尊・不動明王の御頭は、酉年と卯年に御開帳されるそうです。
ゴ-ルデンウィ-クあたりだそうです。再来年(2018年)は、酉年です。
その時は又 来たいものです。
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