山手七福神に行く。・・・・の巻5 松林山大圓寺②
2017年1月5日 松林山大圓寺 =東京都目黒区下目黒1-8-5
松林山大圓寺/大黒天
大圓寺の前は、≪行人坂≫と呼ばれる急坂です。
大圓寺は、1624年(寛永元年) 出羽湯殿山の修験僧大海法印に依って
開かれた道場が始まりです。
その修験僧が≪行人≫なのです。
境内にはたくさんの石仏があります。
この石仏たちは 火事で亡くなった人達の供養で造られました。
その火事とは、江戸の三大大火の一つ/≪明和の大火≫です。
≪明和の大火≫は、1772年(明和9年)に起き 火元が大圓寺でした。
出火原因は放火です。
犯人も捕まっていて 武州熊谷無宿の真秀という坊さんでした。
(捕まえたのは「火付盗賊改長官長谷川宣雄で、鬼平の父親です。)
大化の火元ですから 大圓寺の再建は長く許されませんでした。
再見されたのは、幕末、1848年(嘉永元年)になってです。
つづく

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大圓寺の前は、≪行人坂≫と呼ばれる急坂です。
大圓寺は、1624年(寛永元年) 出羽湯殿山の修験僧大海法印に依って
開かれた道場が始まりです。
その修験僧が≪行人≫なのです。
境内にはたくさんの石仏があります。
この石仏たちは 火事で亡くなった人達の供養で造られました。
その火事とは、江戸の三大大火の一つ/≪明和の大火≫です。
≪明和の大火≫は、1772年(明和9年)に起き 火元が大圓寺でした。
出火原因は放火です。
犯人も捕まっていて 武州熊谷無宿の真秀という坊さんでした。
(捕まえたのは「火付盗賊改長官長谷川宣雄で、鬼平の父親です。)
大化の火元ですから 大圓寺の再建は長く許されませんでした。
再見されたのは、幕末、1848年(嘉永元年)になってです。
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